NHK連続テレビ小説『風、薫る』で見上愛さんとW主演を務め、一気に注目度が高まった上坂樹里さん。透明感のある佇まいと、劇中で聞かせる流ちょうな英語のギャップに驚いた方も多いのではないでしょうか。
そんな上坂樹里さんについて、出身高校はどこなのか、地元・座間の実家や父・母親はどんな人なのか、気になっている方も多いはず。
この記事では、プロフィールや経歴の基本から、『御上先生』での存在感、そして英語が上手いと言われる理由まで、上坂樹里さんの学生時代をまるごと整理していきます。
- 上坂樹里の高校はどこ?出身校の噂と学生時代をたどる
- 上坂樹里の高校卒業後の歩みと、家族・英語力のひみつ
上坂樹里の高校はどこ?出身校の噂と学生時代をたどる
- 出身高校は公表されている?名前が挙がる学校とその根拠
- 座間で過ごした小学校時代、児童会長に立候補した少女
- 中学は座間市立栗原中学校?生徒会長エピソードの出どころ
- 高校時代にセブンティーン専属モデルへ、4度目の挑戦
- 高校とレッスンをどう両立していたのか
- 本名とプロフィール、上野樹里さんとの混同について
出身高校は公表されている?名前が挙がる学校とその根拠
上坂樹里さんの高校がどこなのかは、検索窓に名前を入れると真っ先に出てくるほど関心の高いテーマですよね。朝ドラのヒロインに決まってからは、地元の学校名まで含めてさまざまな説が飛び交うようになりました。ただ、結論から言えば学歴の欄はいまも空白のままです。ここでは、どんな学校名が挙がっていて、その根拠がどれくらい確かなのかを整理してみます。
公式プロフィールに学歴の記載はない
所属事務所であるエイベックス・マネジメントの公式ページに載っているのは、生年月日(2005年7月14日)、出身地の神奈川県、身長160cm、趣味の読書・映画鑑賞・書道といった項目だけ。学校名にあたる情報は、小学校から高校まで一切書かれていません。上坂樹里さんの出身高校は現在も非公表、というのが正確なところです。
芸能事務所が未成年の学校名を伏せるのは珍しいことではありません。在学中の同級生や学校側への影響を考えれば、むしろ自然な判断といえるでしょう。
ネット上で挙がる二つの学校名
それでもファンの間でよく名前が挙がるのが、堀越高校と目黒日本大学高校(旧・日出高校)の二校です。どちらも芸能活動と学業を両立できるコースを持つことで知られていて、実際に多くの若手俳優が在籍してきました。上坂樹里さんが高校1年生でSeventeen専属モデルになり、在学中からドラマの現場に立っていたことを踏まえた推測ですね。
ただし本人や事務所が学校名を認めた事実はなく、あくまで状況からの憶測にとどまります。下記の表に、噂されている学校とその根拠を整理しました。
| 挙がる学校名 | 根拠とされている点 | 確度 |
|---|---|---|
| 堀越高校 | 芸能コースがあり在籍者が多い | 推測のみ・裏付けなし |
| 目黒日本大学高校 | スポーツ・芸能コースの存在 | 推測のみ・裏付けなし |
| 神奈川県内の高校 | 卒業まで実家暮らしだった発言 | 可能性はあるが未確認 |
※ いずれも本人・事務所の公表に基づくものではなく、ネット上の情報を整理したものです。
本人が語った高校時代の断片
手がかりになるのは、本人の言葉のほうです。2024年3月に高校を卒業するまでは実家で暮らしていたこと、高校1年生のときから同じ日傘を大事に使い続け、学校にも撮影現場にも持ち歩いていたこと。こうした話からは、通学を軸にした高校生活を送っていた様子がうかがえます。
学校名そのものは分からなくても、勉強も現場もどちらも手放さなかった三年間だったことは伝わってきますよ。詮索よりも、その姿勢のほうに目を向けたいところですね。
座間で過ごした小学校時代、児童会長に立候補した少女
高校の話に入る前に、その土台になった子ども時代をたどっておきたいところです。上坂樹里さんが育ったのは神奈川県座間市。公式には「神奈川県出身」としか書かれていませんが、地元では早い段階から名前が知られる存在だったようです。ここでは、座間で過ごした小学生時代の姿を見ていきます。
座間市という土地と、地元での足跡
座間市は人口およそ13万人、相模原市と海老名市に挟まれた、公園の多い落ち着いた住宅地です。都心までは電車で1時間ほど。のちに撮影現場へ通うことになる立地としては、決して近くはありません。
座間市出身という説の裏付けとしてよく挙げられるのが、市の広報誌『広報ざま』2019年11月15日号です。交通安全ポスターコンクールの特別賞受賞者として、座間市立栗原中学校2年生の上坂樹里さんの名前が掲載されていました。生年と学年が一致することから、本人とみて間違いないとされています。
小学5年で副会長、6年で会長に
小学校時代の上坂樹里さんは、とにかく行動が早い子だったようです。5歳上のお姉さんが小学校で児童会長を務めていた姿に憧れ、自分も小学5年生で副会長、6年生で会長に立候補して当選しています。人前で話す機会が自然と増え、そこで得た手ごたえが、のちの進路に影響したのは想像に難くありません。
本人は当時の将来の夢をアナウンサーだったと語っています。朝のニュース番組を見るのが好きで、大勢の前で発表する経験を重ねていたからこそ、より憧れが強くなったのだとか。
新体操に打ち込んだ5年間
習い事として続けていたのが新体操でした。小学2年生から6年生までのおよそ5年間、地元の教室に通い、リボンやボールの演技に取り組んでいたといいます。180度の開脚を目指して毎日ストレッチをしていたという話もあり、練習量は相当だったようですね。
本人は「当時の柔軟性はもうない」と笑っていますが、指先までの意識や姿勢の美しさは、今の立ち居振る舞いにしっかり残っている気がします。座間で過ごしたこの時期が、表現する側に立つ原点になったのかもしれません。
中学は座間市立栗原中学校?生徒会長エピソードの出どころ
上坂樹里さんの学歴のなかで、比較的はっきりしているのが中学校です。高校は非公表のままですが、中学に関しては公的な資料に名前が残っているため、根拠のある形で語ることができます。生徒会長を務めていたという話も、ここから広がったものです。順に見ていきましょう。
広報誌に残っていた名前
先ほど触れた『広報ざま』の記事には、座間市立栗原中学校2年生の生徒として名前が載っていました。当時14歳。2005年生まれという年齢とも合致します。芸能人の出身校をめぐる情報の多くは制服の写真や卒業アルバムからの推測ですが、この件は自治体の刊行物という点で確度が高い部類に入るでしょう。
もっとも、学校側や本人が正式に公表したわけではない点は押さえておきたいところ。あくまで公的資料から読み取れる、という位置づけです。
副会長を経て、2年生で生徒会長に
小学校で会長を務めた流れは、中学でも続きました。副会長を経験したのち、中学2年生のときに生徒会長へ。全校生徒がおよそ600〜700人規模の学校で、それだけの人数をまとめる立場に立ったわけです。
当時を振り返って本人は、「しっかりしなきゃと思いつつもマイペースで、周りの役員に助けられていた」と語っています。完璧な優等生というより、頼ることを知っている人だったのかなと感じますね。
読書に目覚めたのも中学時代
趣味として公式プロフィールにも載っている読書は、中学2年生のときに始まっています。きっかけは父親から手渡された東野圭吾さんの『パラドックス13』。600ページ近い長編に最初は尻込みしたそうですが、読み始めると一気に引き込まれ、そのまま読み切ってしまったといいます。
下記の表に、小学校から高校までの学歴に関する情報の確からしさを整理しました。
| 時期 | 分かっていること | 情報の性質 |
|---|---|---|
| 小学校 | 座間市内の学校とみられる | 推測 |
| 中学校 | 座間市立栗原中学校 | 市の広報誌に記載 |
| 高校 | 2024年3月卒業・校名は非公表 | 本人発言+非公表 |
| 大学 | 進学せず女優業に専念 | ほぼ確定 |
※ 各項目は公表情報と報道をもとに整理したもので、校名の特定を目的としたものではありません。
生徒会長として過ごした三年間があったからこそ、高校での両立生活にも踏み出せたのでしょうね。
高校時代にセブンティーン専属モデルへ、4度目の挑戦
上坂樹里さんのキャリアが大きく動いたのは、まさに高校生のときでした。雑誌『Seventeen』の専属モデル、通称ST㋲になったのが高校1年生。ただ、そこにたどり着くまでの道のりは一直線ではありません。何度も落ちて、それでも応募し続けた時期があったのです。
小学6年生で受けたオーディションが出発点
事務所に所属するきっかけは、小学6年生のときに受けたエイベックス主催のオーディション「キラチャレ2017」でした。母親の友人がすすめてくれた話に、本人が「やってみたい」と強く反応したそうです。当時はスマートフォンも持っておらず、テレビの世界に憧れているだけの小学生だったといいます。
結果はモデル部門の審査員特別賞。所属後すぐにポージングやお芝居のレッスンが始まり、そこでお芝居そのものを好きになっていきました。モデル志望で入った子が、演技に惹かれていく——この転がり方が面白いですよね。
「ミスセブンティーン」は4度目で合格
『Seventeen』のモデルオーディション「ミスセブンティーン」には、複数回挑戦しています。落選を重ねながら応募を続け、4度目の挑戦だった2021年にファイナリストとして専属モデル入りを果たしました。2021年8月、高校1年生のタイミングです。
3回落ちて、それでもまた出す。10代半ばでその判断ができる人は、そう多くないはずです。中学時代に生徒会長を務めた粘り強さが、こういうところに出ているのかもしれません。
モデル業と並行して始まった俳優業
専属モデルになった同じ2021年には、LINE VISION『そらぞら』で俳優デビュー。翌2022年には『可愛くなったらさようなら』で主演を務め、NHK『ヒロイン誕生! ドラマチックなオンナたち』にもヒロインとして出演しています。下記の表に、高校在学期間と主な出来事を並べました。
| 学年の目安 | 年 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 高校1年 | 2021年 | Seventeen専属モデル入り・俳優デビュー |
| 高校2年 | 2022年 | ドラマ初主演、NHK作品にヒロイン出演 |
| 高校3年 | 2023年 | 『生理のおじさんとその娘』でヒロイン |
| 卒業 | 2024年3月 | 高校卒業、女優業に本格的にシフト |
※ 学年は2005年7月生まれから逆算した目安で、在籍校は非公表です。
高校の3年間が、そのままキャリアの助走期間になっていたわけですね。
高校とレッスンをどう両立していたのか
芸能活動をしながら高校に通う。言葉にすると一行ですが、実際の負荷はかなりのものだったはずです。上坂樹里さんの場合、卒業まで座間の実家から通い続けていたことが分かっています。ここでは、その生活がどんなものだったのかを具体的に見ていきます。
片道1時間以上の移動が日常だった
座間市から都内の撮影現場やレッスン場までは、電車を乗り継いで片道1時間から1時間半ほど。往復で2〜3時間を移動に使う計算になります。学校に行って、そのまま現場へ向かい、夜に帰宅する。撮影が長引けば、宿題に手をつけられるのは深夜になったでしょう。
それでも実家を離れなかったのは、本人が普通の高校生としての時間を大事にしていたからだと考えられます。家族との距離を保ちたかった、という側面もあったのかもしれません。
日傘のエピソードに表れる高校生らしさ
印象的なのが日傘の話です。高校1年生のときから同じ日傘を使い続け、学校にも撮影現場にも持って行っていたのだとか。仕事道具でも特別な品でもない、ごく普通の持ち物を三年間そのまま使っている。この地味なエピソードに、彼女の高校生活の温度が出ている気がします。
華やかな現場に出入りしながら、日常の側もきちんと持ち続けていた。両立というのは、たぶんこういう小さな積み重ねのことなのでしょう。
書道を始めたのも高校時代
趣味に挙がる書道と硬筆を習い始めたのも、この時期です。もともと日本文化に関心があったことに加え、精神統一の手段として合っていたのだとか。忙しさが増していく中で、机に向かって筆を持つ時間をわざわざ作っていたわけですね。
公式プロフィールの趣味欄に読書・映画鑑賞・書道と並んでいるのを見ると、どれも一人で静かに向き合う時間だと気づきます。賑やかな現場と、静かな自分の時間。そのバランスの取り方を、高校時代に身につけたのかもしれません。
両立を支えた家族の存在
移動の負担が大きい生活を続けられたのは、家族の支えがあってこそ。母親は仕事の相談相手であり、父親は幼いころから成長を記録し続けてきた人です。実家という拠点があったからこそ、遠回りに見える通学生活を選べたのでしょう。
高校卒業のタイミングで、本人は「これまで両親に頼りがちだった自分から自立したい」と語っています。支えられていた自覚があったからこその言葉ですよね。
本名とプロフィール、上野樹里さんとの混同について
検索していると、上坂樹里さんの情報に混ざって上野樹里さんの記事が出てくることがあります。名前が一文字違いで、しかも「樹里」が同じ。同一人物だと思っていた、という声も少なくありません。ここで基本のプロフィールを整理しつつ、この混同についても触れておきます。
本名はそのまま「上坂樹里」
芸名を使う俳優も多いなか、上坂樹里さんは本名がそのまま活動名です。読みは「こうさかじゅり」。名前の由来については、両親が『ロミオとジュリエット』のジュリエットから着想を得たという話が広く伝わっています。愛称は「じゅったん」で、Seventeenの誌面でもこの呼び方が定着していました。
珍しい漢字の組み合わせだったからこそ、地元の広報誌に載った名前が本人だと特定できたという経緯もあります。
基本プロフィールをおさらい
下記の表に、公表されているプロフィールをまとめました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 2005年7月14日(2026年8月時点で21歳) |
| 出身地 | 神奈川県(座間市とみられる) |
| 身長・血液型 | 160cm・A型 |
| 所属 | エイベックス・マネジメント |
| 趣味 | 読書、映画鑑賞、書道 |
※ 出身地は公式には「神奈川県」表記で、市名は公表されていません。
上野樹里さんとは別人
上坂樹里さんと上野樹里さんはまったくの別人です。上野樹里さんは1986年生まれの兵庫県加古川市出身で、『のだめカンタービレ』などで知られるベテラン俳優。加古川小学校・加古川中学校の出身であることを公表しており、2021年には加古川観光大使にも就任しています。
年齢差はおよそ19歳。検索結果に両者が混ざるのは名前の近さゆえで、経歴に重なりはありません。上坂樹里さんの学歴を調べるときは、この点を分けて読むと情報が整理しやすくなりますよ。
21歳になった現在地
2026年7月14日には21歳の誕生日を『風、薫る』の撮影現場で迎え、共演者やスタッフに祝ってもらった様子をSNSで報告していました。20歳の誕生日には1st写真集も発売されています。高校を卒業してから2年あまりで、朝ドラのヒロインまで駆け上がってきたことになりますね。
上坂樹里の高校卒業後の歩みと、家族・英語力のひみつ
- 高校卒業後に大学へ進学しなかった理由と経歴
- 実家は座間市でお金持ちという噂の真相
- 父はカメラマン?知的な父親の素顔
- 母親は心配性で一番の理解者だった
- 『御上先生』で見せた高校生役の存在感
- 英語が上手いのはなぜ?英語力の裏側
高校卒業後に大学へ進学しなかった理由と経歴
高校の話とセットでよく検索されるのが、大学に進んだのかどうかという疑問です。学業と芸能をきっちり両立させてきた人だけに、そのまま進学したイメージを持つ方もいるかもしれません。ただ、実際には別の道を選んでいます。ここでは卒業後の歩みをたどります。
大学には進学せず、女優業へ
上坂樹里さんは高校卒業後、大学には進学していません。2024年3月の卒業以降、モデルと俳優の仕事に軸足を移しています。進学しなかった理由を本人が詳しく語った記録は見当たりませんが、卒業時のインタビューでは「両親に頼りがちだった自分から自立したい」という趣旨の発言を残していました。
18歳で仕事一本に絞る決断は、簡単ではなかったはずです。ちょうどこの時期に出演作が増えていたことを考えると、現場から得られるものを優先した結果なのでしょう。
卒業後2年で朝ドラのヒロインへ
卒業した2024年には、フジテレビ『ビリオン×スクール』で連続ドラマ初レギュラー。2025年はTBS日曜劇場『御上先生』、NHK夜ドラ『いつか、無重力の宙で』と話題作が続き、12月には映画『ロマンティック・キラー』で映画初出演も果たしました。そして2026年度前期の連続テレビ小説『風、薫る』で、見上愛さんとのW主演です。
朝ドラのオーディションには2410人が応募し、その中から選ばれたと報じられています。高校を出てわずか2年での抜てきですから、加速の仕方が尋常ではありません。
学ぶことをやめたわけではない
進学しなかったとはいえ、学びから離れたわけではないようです。『風、薫る』では英語を話す役柄のためにレッスンを受けており、本人も「高校を卒業すると学べる機会はなかなかないから、今後も続けたい」と話しています。読書の習慣も続いていて、朝井リョウさんの『生殖記』を推し小説に挙げていました。
台本を読み解く力は、こうした日々の積み重ねから来ているのでしょうね。大学という形を取らないだけで、学び続けている人だと言えそうです。
実家は座間市でお金持ちという噂の真相
「上坂樹里 実家」で検索すると、お金持ちらしいという話が上位に出てきます。都心から離れた場所に住みながら子どもの芸能活動を支えるには、それなりの余裕が必要では——そんな連想から生まれた噂のようです。実際のところはどうなのでしょうか。
資産家という裏付けは見つかっていない
調べてみると、実家が特別な資産家であるという事実は確認されていません。家業や不動産にまつわる具体的な情報も出てきていないのが現状です。噂の出どころは、子どもの習い事や上京にかかる費用からの推測にとどまるとみられます。
新体操を5年間続け、都内のレッスンにも通わせていたわけですから、教育熱心なご家庭であったことは確かでしょう。ただ、それと資産の多寡はまた別の話ですよね。
家族構成は5人、三姉妹の末っ子
上坂樹里さんは父・母・姉2人の5人家族で、三姉妹の末っ子とされています。一番上のお姉さんとは5歳差。児童会長に立候補したのも、その姉の姿を見ていたからでした。
家での自分について本人は、「ずっと独り言を言っていたり歌を歌っていたりする賑やかな性格だった」と明かしています。一方で5歳上の姉のことは「大好きだけれど少し怖い存在」とも。姉の機嫌を察して急に静かになる、という末っ子らしい立ち回りの話も伝わっていて、なんだか光景が浮かびますね。
お金持ち説はどこから生まれたのか
そもそもこの噂が広まった背景には、地方在住の子どもが芸能活動を続けることのハードルがありそうです。座間から都内までの交通費、レッスン代、衣装や写真にかかる費用。積み上げれば決して小さくない金額になります。
そこから「余裕のある家庭に違いない」という推測が生まれ、いつのまにか断定的な語り口に変わっていった。芸能人の実家をめぐる噂には、こうしたパターンがよくあります。実際には、家族が時間と手間をかけて支えたという話のほうが実像に近いのではないでしょうか。
節目には全員が集まる家
正月やお盆といった節目には家族全員が顔をそろえる、という決まりごとがあったといいます。仕事が忙しくなっても家族の時間を優先する。この価値観は、朝ドラの現場を「家族みたい」と表現する彼女の言葉づかいにもつながっている気がします。
なお、実家の具体的な場所については当然ながら公表されていません。地元が座間市とみられる、というところまでが、踏み込んでよい範囲でしょう。
父はカメラマン?知的な父親の素顔
関連ワードとして「上坂樹里 父」が並ぶのは、父親の職業がカメラマンではないかという説が出回っているためです。カメラの前で自然体でいられる理由が家庭環境にあるのでは、という見立てですね。この噂の中身を確かめてみましょう。
プロのカメラマンという記録はない
調べた限り、父親がプロのカメラマンとして活動しているという公式な記録は見当たりませんでした。一方で、カメラを趣味にしていたことは伝えられています。娘の成長を熱心に撮り続け、その期間は15年以上に及んだのだとか。
つまり職業ではなく、趣味としてのカメラだったという理解が実態に近そうです。日常のなかにいつもレンズがあった環境が、被写体としての物おじしなさにつながっている可能性はありますよね。
読書家で、東野圭吾作品のファン
父親を語るうえで外せないのが読書の話です。中学2年生の娘に東野圭吾さんの『パラドックス13』を手渡したのがこの父親でした。600ページ近い長編をいきなり渡すあたり、子ども扱いしない人だったのかなと感じます。
この一冊をきっかけに読書習慣が根づき、語彙や感受性、そして台本を読み解く力が育っていきました。趣味欄の一行目に読書が来ているのは、この出来事があったからでしょう。
父から受け取ったものは何だったか
カメラと本。父親から娘へ渡されたのは、この二つだったと言えるかもしれません。片方はレンズの前に立つことへの慣れを、もう片方は物語を読み解く力を育てました。どちらも俳優という仕事にそのまま効いてくるものです。
本人が「知識を蓄えることが演技につながる」という趣旨の話をしているのも、この家庭環境あってのことでしょう。父親自身が意図していたかどうかは分かりませんが、結果としてかなり効率のよい英才教育になっていた気がします。
反抗期がなかったという話
上坂樹里さんには反抗期らしい反抗期がなく、父親に冷たい態度をとったことが一度もないというエピソードも伝わっています。思春期に芸能活動という特殊な環境へ入っていったことを考えると、家庭が安定した居場所として機能していたことがうかがえます。
娘の意思を尊重して見守るタイプの父親だったのだろうと想像できますね。学校名を伏せたまま活動を続けられているのも、家族が距離感を守ってきた結果なのかもしれません。
母親は心配性で一番の理解者だった
親という関連ワードで検索する方が多いのは、この母親の存在が大きいからでしょう。芸能界に入るきっかけをつくり、いまも最初に報告を受ける相手。上坂樹里さんのキャリアを語るうえで欠かせない人です。
芸能界入りは母親の一言から
すべての始まりは、母親の友人からもたらされたオーディション情報でした。母親は家にファッション誌を持ち込むなどして、娘のなかにモデルという選択肢を育てていったといいます。小学6年生、12歳での応募を後押ししたのも母親でした。
本人が「やりたい」と言えたのは、その前段階で憧れを言葉にできる空気が家にあったからですよね。押しつけではなく、機会を置いておくやり方だったのかなと思います。
免許取得に猛反対した心配性
一方で、かなりの心配性でもあるようです。上坂樹里さんが「車の運転免許をとりたい」と言い出したときには、「危ないからやめておきなさい」と強く反対したというエピソードが伝わっています。21歳の娘に対してこの反応というのは、なかなかの過保護ぶりですよね。
もっとも、これは娘の身を案じる愛情の裏返し。芸能活動を全面的に支えながら、日常の安全には人一倍神経を使う。バランスの取り方に人柄が出ています。
喜びを最初に分かち合う相手
2025年にJR SKISKIのキャンペーンヒロインに選ばれた際、真っ先に報告を受けた母親はその場でハイタッチをして「やったじゃん!」と喜んだといいます。悩みも喜びも最初に共有する相手が母親、という関係が続いているわけです。
仕事の話をしたあとに一緒にご飯を食べに行く、という過ごし方も語られていました。親友のような距離感の親子関係が、多忙な日々の支えになっているのでしょう。
家族への言及は本人の言葉の範囲で
ここまで紹介してきた家族の話は、いずれも本人がインタビューなどで語った内容が元になっています。一般の方であるご家族について、それ以上の詮索は避けたいところ。語られた分だけを受け取るのが、応援する側の作法かなと思います。
『御上先生』で見せた高校生役の存在感
高校というキーワードでもうひとつ触れておきたいのが、2025年1月期のTBS日曜劇場『御上先生』です。上坂樹里さん自身が高校を卒業した翌年に、高校生役でレギュラー出演した作品ですね。ここでの評価が、その後の飛躍につながっていきます。
日曜劇場初の学園ドラマという挑戦
『御上先生』は、文部科学省の官僚である御上孝(松坂桃李さん)が私立高校に出向し、教育や政治の問題に生徒たちと切り込んでいく物語です。数々の名作を送り出してきた日曜劇場枠で、初めての学園ものという点でも注目を集めました。
クラスには29人の生徒がいて、一人ひとりに細かい設定が用意されていたといいます。上坂樹里さんはその一員として、高校3年生を演じました。
共演は同じ事務所の髙石あかりさん
同作でともにレギュラー出演したのが髙石あかりさんです。二人の初対面は上坂樹里さんが14歳のころ、初めて宣材写真を撮る現場での挨拶だったのだとか。当時から髙石さんの舞台を観に行くほどのファンだったそうで、「いちファンの気持ちでいました」と振り返っています。
その相手と数年後に日曜劇場で共演することになったわけですから、本人の感慨はひとしおだったでしょうね。同じ事務所の先輩後輩という関係もあり、現場での安心感は大きかったようです。
学生役から役柄の幅を広げる時期へ
本人は「今は年相応の学生役をやることが多い」と語りつつ、30歳になるころには幅広い役に対応できていたい、とも話しています。実際、下記の表のように出演作の役柄は少しずつ広がってきました。
| 年 | 作品 | 役どころ |
|---|---|---|
| 2023年 | 『生理のおじさんとその娘』 | ヒロイン・原点となった作品 |
| 2024年 | 『ビリオン×スクール』 | 連続ドラマ初レギュラー |
| 2025年 | 『御上先生』 | 高校3年生役でレギュラー |
| 2025年 | 『いつか、無重力の宙で』 | 主人公の高校時代を担当 |
| 2026年 | 『風、薫る』 | 大家直美役でW主演 |
※ 主な連続ドラマ出演を放送年順に整理したものです。
『いつか、無重力の宙で』では日比野ひかりの高校時代を演じ、大人パートの森田望智さんとの地続きな芝居が評価されました。学生役を重ねてきた時期が、そのまま引き出しになっているのが分かりますね。
英語が上手いのはなぜ?英語力の裏側
『風、薫る』が始まってから急増した検索ワードが、英語に関するものです。劇中で英語を話す場面を見て、帰国子女なのではと感じた視聴者が多かったのでしょう。上坂樹里さんの英語力がどこから来ているのか、順に見ていきます。
帰国子女でも留学経験者でもない
まず前提として、上坂樹里さんに帰国子女や留学の経歴はありません。英検やTOEICといった資格の公表もなく、幼少期から英語漬けだったという情報も出てきていません。座間の公立小中に通い、卒業まで実家から高校へ通った、ごく一般的な学習歴です。
それだけに、あの発音はどこで身につけたのかという疑問が生まれるわけですね。
役が決まってから始めた集中稽古
英語の稽古を本格的に始めたのは、2025年の夏ごろ。『風、薫る』のクランクイン前から専門の指導者につき、撮影と並行してレッスンを続けてきたといいます。演じる大家直美は、アメリカへ渡ることを夢見て英語を学び続ける役柄。台詞としての英語を、役の内側から立ち上げる必要がありました。
共演の多部未華子さんも大山捨松役で英語を話すため、同じ指導の先生がついていたそうです。先生から「直美さんはいっぱい稽古して頑張っているんだよ」と伝えられていた、というエピソードも本人が明かしていました。お互いにプレッシャーをかけ合う関係だったのが微笑ましいですね。
上達を支えた土台は何だったのか
短期間でここまで仕上げられた背景には、いくつかの要素が重なっていそうです。下記の表に、指摘されている理由を整理しました。
| 要素 | 内容 | 裏付け |
|---|---|---|
| 集中稽古 | クランクイン前から専門指導 | 本人・報道 |
| 継続力 | 4度の挑戦を続けた粘り強さ | 経歴から |
| 優等生気質 | 生徒会長を務めた学習習慣 | 学生時代の実績 |
| 役作りの必要性 | 英語を学び続ける役柄 | 作品設定 |
※ 上達の要因は分析であり、本人が理由として明言したものではありません。
細部にこだわる姿勢が発音にも出る
印象的なのが、セットの話です。直美が住む長屋の障子には、破れた部分の代わりに英字新聞の切り抜きが貼られていました。それを見つけたときに感動してしまった、と本人は語っています。役の背景を細部まで拾おうとする感度の高さが、台詞の一語一語にも及んでいるのでしょう。
英語がうまいと言われる理由は、才能というより準備の量だったのかもしれません。高校を出てから続けている学びの積み重ねが、朝の15分に表れているわけですね。
上坂樹里の高校をめぐる情報まとめ
- 出身高校は公式に非公表で、校名を裏づける確定情報はない
- ネット上では堀越高校や目黒日本大学高校の名が挙がるが推測にとどまる
- 2024年3月に高校を卒業し、それまでは実家暮らしだった
- 出身地は神奈川県で、地元は座間市とみられる
- 中学校は座間市立栗原中学校で、市の広報誌に名前が掲載された
- 小学校で児童会長、中学校で生徒会長を務めたリーダー気質
- 小学2年から6年まで新体操に打ち込んでいた
- ミスセブンティーンは4度目の挑戦で専属モデル入りを果たした
- 高校1年の2021年からモデルと俳優の活動を本格化させた
- 大学には進学せず、卒業後は女優業に専念している
- 実家が資産家という噂に確かな裏づけはない
- 家族構成は5人で、三姉妹の末っ子として育った
- 父はカメラを趣味とする読書家で、東野圭吾作品を娘にすすめた
- 母は心配性ながら芸能界入りを後押しした最大の理解者
- 英語は帰国子女ではなく、役のための集中稽古で身につけたもの


コメント